「 無色の色 」

 



 今夜の入浴剤は何にしよう。

 美里は裸のままぼんやり考えた。
 どの色にしよう。青、白、黄色・・・。
 
 所狭しと並んだたくさんの入浴剤を、色別に区別をしながら選んでいく。効能よりも色を重視するせいか、何種類かを一度に混ぜたこともあった。トッピングが悪いと、浴槽の下にドロドロとした物が沈んでいたり、ひどいときは入るのをためらってしまうほどの色だったり、臭いだったりすることもあった。
 それでもやっぱり美里は入浴剤を入れる。
 入浴剤抜きのお風呂は嫌だった。

 風呂の湯に色が付いていないと、美里はとても不安になるからだ。
 無色の湯は存在感が薄く、身体が宙ぶらりんになったような気がするし、妙に頼りなく感じるからだ。その点、湯に色が付くだけで、そこに湯が存在する事が目で見てはっきりするからだ。
 入浴剤の匂いもまた美里を安心させる。つい最近まで水恐怖症だった美里の、解決策の一つだった。
 そしてもう一つ、瞼の上にタオルを載せて目隠しをすること。こうすることで、ゆっくり風呂につかることができるようになった。
 数分後、美里は冷やしたタオルを瞼に載せ、ゆっくりと肩までつかる。

「何やってるんだろう私。バカみたい」

 裸のままで冷えてしまった身体を温めながら、美里はそう声に出して言うと、ため息をついた。
 こんな日まで入浴剤のことを考えていたなんて。
 普段の何倍も腫れぼったくなった瞼に冷たいタオルがとても気持ちいい。

 
 今日は何も入れなかった。
 結局あれだけ悩んだのに、何も入れなかった。
 無色の湯に、タオルの目隠しだけでは心許なかったけれど、これ以上不安になんてならないだろうと思った。
 彼を失って、それ以上の不安なんて無い。
 そう思って、そう決心して、私は失恋したのに。それなのに私は、こんなにも後悔していた。

 青色の入浴剤にすればよかった。
 最後の最後は、嫌いでいたくなかったのかもしれない。悲しい思い出よりも今は、楽しいことを思い出していたい。無色の湯よりも、あの人の好きだった色の湯にすればよかった。
 けれど美里は知っている。自分が今、無色の湯につかっている事を。
 本当は、入浴剤がただの気休めだった事を痛いほどわかっていた。それでも何かに依存してしまう自分を、心のどこかであの人を求めている自分を、仕方ないと認めてしまっていた。
 最後にあの人の色の湯に包まれていたかった。けれど、美里は思い出せずにいた。あの人の色って結局何色だったのだろうと。もしかしたら何の色もついていなかったのかもしれない。
 事実、美里はあれだけ悩んでも見つけられずにいた。自分の求めていた物を。

 何よりも今は、自分に一番近い色を選んでいたのかもしれなかった。
 何もない、誰もいない、どんな物にも依存していない、無色透明な色を。



あとがき

 

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