「 タナバタ 」

 



「おぉーい。出てこいよぉ」
 力一杯、ぼくは叫んだ。最後のちいさな「ぉ」が、真っ青な空に吸い込まれるくらい、大きな声で。

 ぼくは大きな声を出すのが苦手だ。だって、あんまり大きな声を出すと、のどの奥がひりひりするんだ。
 ぼくの声は『よくとおるこえ』なんだって。音楽の吉永先生がそういってた。だから、大きな声なんてださなくたって、みんなに聞こえるんだ。
 なのに、あいつは出てこない。こんなに大きな声なのに、それなのに出てこない。こんなに『よくとおるこえ』で呼びかけてるのに、出てこない。
 聞こえてるはずなのに・・・。

 午前中はどしゃ降りで、窓の外をみていたらすごく心配になったんだ。ざあざあと大きな音で、じゃぶじゃぶ降ってた。テレビの音もいつもより大きくしないと聞こえないくらい、大きな音で雨が降ってた。だから心配してきてやったのにさ。
 返事くらいしたっていいと思う。

 ぼくとあいつの、お気に入りの空き地。この隣のアパートに住んでいる人たちが、駐車場のかわりにつかっている。でも、昼間はみんな車に乗って出かけているから、お昼の間はぼくとあいつの空き地。時々、この時間でも停まっているびんぼー学生の赤いスポーツカーが、ぼくは好きだ。空き地にはちいさな石ころが沢山あって、スポーツカーが大きなエンジン音をさせて空き地に入ってくると、じゃっと石ころをならすんだ。
 それがカッコイイ。よく、あいつと見に来る。
 乗っている人は、とってもかっこ悪い。車にはたくさんお金を使うのに、赤いスポーツカーにすっごく似合わない人。
 まだ、あいつの方がカッコイイのに。
 あいつを乗せてあげたら、すっごい怒ったんだ。だから、びんぼー学生は嫌いだけど、スポーツカーは大好き。

 今日のこの時間、空き地にはぼくしかいない。
 あいつを呼んでるのに、出てくる感じもない。

 今は午前中の大雨がウソみたいにいいお天気だ。家を出るときにおばあちゃんがむぎわら帽子を持って行けってうるさかったけど、ぼくはあの帽子はオシャレじゃないと思うから、てきとうに言って巻いてきた。おばあちゃんは優しいけど、ちょっとセンスがないと思う。でも、ほんの少しだけ失敗したなぁと思う。だって、ぼくの頭はものすごく熱くなってるから。黒い部分には熱が集まるんだ。理科の授業でやった。ぼくの髪の毛には、どんどんどんどん太陽の熱が集まって来ちゃう。
 おばあちゃんの帽子、持ってくれば良かった。
 何でこんなにお天気良くなるのかなぁ。
 お日様がじりじりとぼくの肌をいじめる。頭のてっぺんも、ゆげが出そうに暑い。まぶしくて、あつくて、仕方なくぼくは電信柱の影に避難する。電信柱はコンクリートで、ちょっとだけひやっとしていた。電信柱にぎゅっとしがみつきながら、ぼくはちょっとだけ涼んでいる。
 濡れていた地面が乾いていくのを、ぼくはじっと見ていた。
 ぼくが乾いちゃう前に、お願いだから出てこいよぉ。

 のどが渇いた。でもお小遣いはもう無いんだ。あいつにおみやげなんて買って来なきゃ良かった。
 電信柱のひょろっと長い影に身を隠して、ぼくはじっと待っている。

「おぉーい。いい加減出てきてくれよっ」
 大きな声を張り上げた。渇いたのどがひりひり痛い。
 うしろで物音がして、振り返ったらしらないおばさんがいた。ぼくを見て、不思議そうな顔をしている。
 あの子、ちょっとおかしいわよ。なんて言いながら。
 なにがおかしいんだよ。
 おばさんの恰好の方がぜったい、おかしいと思う。シュミの悪いブラウスなんか着ちゃって。オシャレしてるつもりなのに、買い物袋からネギとかダイコンとか見えてるし。つっかけのままだしさ。

 お気に入りのデジタル時計が、ぴぴぴっと午後2時を教えてくれた。約束の時間なんか、とっくの昔に過ぎちゃってる。
 ・・・ぼくが勝手に約束しただけなんだけど。
 この時間は、いつもならあいつの散歩の時間なんだ。とことこ、お日様で熱くなってるブロック塀を器用に歩いてきて、なんて事無いっていう風に、高い塀からきれいに着地するんだ。
 くるん、ぴたっ。
 オリンピック選手も真っ青の、10点満点の着地なんだ。

「おぉーい。おみやげ買ってきたんだぞっ」
 おーい、さびしいじゃないかよぉ。
 やっぱり、人間語が判らないのかも知れない。
 やっぱり、人間のぼくとじゃ約束なんて出来ないのかもしれない。
 やっぱり猫って、勝手気ままなんだ。
 それとも・・・さっきの大雨で・・・?
 お気に入りのかつお風味のキャットフード買ってきたんだ。何ともないなら、元気なら、顔だけでも見せてよ。

 ぼくの今一番の友達は、ノラ猫のタナバタ。
 初めてあったのが七夕の日だったから、ぼくがそう付けた。学校で作った笹の飾りに、じゃれついてきたのが始まり。その日以来、タナバタはぼくの友達。いつもこの空き地で遊んでた。
 ずぅっと、ずぅっと仲良しだったのに。

「タナバタッ!何処にいるんだよぉ」

「・・・なぁぁん」


 真っ白なタナバタの姿が、ブロック塀の上にひらりんっと現れた。あっついお日様が、タナバタの毛皮をきらきらさせた。ちょっと低い鳴き声が空き地に響いて、ぼくは電信柱の影から飛び出した。
 
 タナバタとぼくは仲良し。
 勝手気ままで、ワガママで、約束破りだけど。
 ぼくとタナバタは、仲良し。



あとがき

 

<<