『 優しい気持ち - 柚子編 - 』
今日もまた、美希と誠は仲良くお昼を食べるらしい。 「あの頃みたいにみんなで食べようよ」と誠は言った。 「気を使わないで」と美希は言った。 気を使って欲しいのは美希の方だ。ちくりと心の中で皮肉を言う自分に気がつく。自己嫌悪に陥っていると、美希はお弁当箱を抱えたまま、私を気にして誠と私を交互に見ている。 美希の抱えたお弁当箱の大きさを見て、ため息が出そうだった。 「二人で食ってこいよ。コイツは俺と約束があるの」 啓祐が横から助けてくれなかったら、今頃美希と一波乱あったかも知れない。 二人と、クラス中の意味深な視線に追い立てられるように、私達は屋上へ出た。 「あんな言い方、誤解されるでしょう?」 私と啓祐を見て言った美希の一言が、ずっと引っかかっている。それに相づちを打った誠の笑顔も。 「あんな事言われて平気なわけないでしょう?あのおかげでクラス中も誤解の渦よ!」 「お前が慌てて逃げるから、逆にそう思われるんだろうが」 『前からお似合いだと思っていたのよ。二人のこと』 にっこりと微笑まれて、どう答えろと言うのだろうか?お弁当の包みを掴んで、逃げるようにここまで来るのが精一杯だった。 「最低ね」 誠が相づちを打ったと言うことは、ずっと誠もそう思っていたのだろうか?そうだとしたら、しばらく立ち直れそうもない。 もうダメだ。と思った。 そう思ったら涙が溢れて止まらない。 もうガマンできない。 ヒザから崩れるようにして、私はわんわん泣いた。こらえきれない何かが私を流していく。とめどない哀しみと、切なさと、苦しさが、涙を見せたくないと言うくだらない見栄を押し流していく。泣かないと決めた。泣いたら自分の気持ちに後悔していることになる。 「気が済むまで泣けよ。お前はガマンしすぎなんだって」 啓祐の声がいつもの何倍も優しい。 「あんたなんて、あんたなんて大嫌いよ!ずっと、ずっと、そうやって見てきたんでしょう?私が失恋するの判ってて、そうやってずっと面白がって見てきたんでしょう!?」 そうやってずっと、優しい振りして! 突然、すごい力で引き寄せられたかと思うと、目の前に険しい顔をした啓祐がいた。痛いくらい真剣な瞳で、射抜くように私を見つめている。 啓祐って、こんな怖い表情をするの? 「そんな風に思うのか!俺をそんな風に思っていたのか!」 じっと私を見つめる視線に、哀しい色を見つけて私ははっとする。言い過ぎたと後悔した。・・・後悔したけれど、高ぶった感情に押し流されるようにして、私は言った。 「だったら、こうなる前にどうして助けてくれなかったの?どうしてあきらめろって言ってくれなかったの?結果が見えていたのに、どうして励ましたりなんかしたのよ!」 ぼろぼろと涙がこぼれて、しゃくり上げながら、私は力の限り叫んだ。 啓祐はぎゅっと唇を噛みしめていた。私を見つめながら、悔しそうに何かを言いかけようとする自分を抑えていた。 「言いたいことがあるなら言いなさいよ!いつもは、ずけずけと人の心に入ってくるくせに!」 捕まれた腕をふりほどいて、啓祐をにらみつけた。 「結果が見えていたのに、あいつを好きになったのはお前だろう?あいつを想って、気持ちをしまい込むって決めたのも、あきらめきれずに、励ましてもらいたかったのも、全部お前の気持ちだろう?」 啓祐は苦手だ。 私の隠しておきたい気持ちを易々とさらけ出してみせる。 「俺は・・・お前の意思を尊重したんだ。二人を傷つけたくない。でも、自分の気持ちを簡単に投げ出したくないって。それは、お前の本心だし、優しさだから」 啓祐の瞳は怖いくらい真剣で、哀しい色だった。自分の抑えきれない哀しみに押されるように、私は思わずつぶやいてしまった。 「ずいぶんな言い方じゃない。さんざん人をからかっておいて。なにがお前の意思を尊重した、よ。自分が美希に振られるの怖かっただけじゃない!」 「違うっ!俺はずっとお前が好きだった」 「だったら、最低の優しさね。それなのにあんたはずっと私を慰めて、励ましてくれたわけ?失恋するけど、がんばれよって?啓祐、あんた惨めね。最低よ」 瞬間、啓祐の瞳が哀しみに曇ったように見えた。 「柚子。お前が好きだって言ってるだろう?なんでわかんないんだ!」 「・・・そんなの!!」 本当だとしたら、こんな時に卑怯だ!! 気がついたら、啓祐を殴っていた。ありったけの力で、啓祐を殴った。 不意をつかれたせいなのか、それとも私の力が強かったのか、啓祐はよろけてしりもちをついた。啓祐は唇の端から血を流していた。お弁当箱ががしゃんと派手に音を立てて、コンクリートの上に落ちた。 手が痛かった。同じくらい心も痛かった。自分の気持ちが自分でコントロールできない。 あんなこと、言うつもりじゃなかった。悔しくて、辛くて、そんな気持ちに押されていた。 「・・・!!」 啓祐が泣いていた。 声も立てず、しりもちをつきながら、殴られた頬を、乱れた髪をそのままに泣いていた。 啓祐は優しい。 誠よりも、美希よりも、本当は・・・誰よりも私だけに優しかった。それなのに、傷つけた!自分が辛いからって、啓祐を傷つけた!! 今までの啓祐の優しさを思い出して泣いた。あの時も、あの言葉も、私だけに向けられていた。皮肉に隠れて啓祐の優しさは、いつも私だけを守ってくれた。 それは、同じ辛い想いをしている啓祐だからこそ、私の気持ちを判ってくれるのだと思っていた。ずっと、啓祐は美希のことが好きで、私は誠のことが好きで、二人は・・・二人は似たもの同士なんだと、安心さえしていた気がする。 今日、啓祐が言ったのは、私を慰める優しさなのだろうか?それとも・・・? ・・・今は、考えたくない。 あの日以来、私は落ち込んでいた。誠と美希の事よりも、啓祐のことが、ずっと心に引っかかっていた。 啓祐は・・・どうしているのだろうか。 「ねぇ、今日こそはみんなでお昼を食べましょうよ」 そう言って、美希は珍しく強引な態度で、私を無理矢理連行した。連れて行かれたのは、校庭に面した花壇の脇にある、小さなベンチだった。そこには、大きな包みを抱えた誠と、ふてくされた啓祐がいた。口元に、かなり大きな絆創膏をつけて。 ・・・ちょっと、心が痛い。 「こんないいお天気の日は、外に出た方がいいのよ。学校の、しかもとても狭いベンチでだけど、気分転換にはなると思うの」 美希は、心配そうな顔でこちらをのぞき込む。美希は優しい。こんな私を心配している。 「昔みたいに、みんなで仲良くしましょうよ。ねぇ、啓祐。柚子」 「そうそう。美希の作ってきたお弁当でも食べて、仲良くやろうよ」 美希と誠は、にこにこと笑っている。二人ともそっくりな、優しい笑顔で。 私と啓祐の間に、何かあったのだろうと察した二人は、仲直りのきっかけを作ってくれているようだ。 あまりにも屈託のない笑顔だったので、私も、啓祐もつられるように、こわばった頬の筋肉をゆるめた。 「そうね。たまには外で食べるのもいいかも」 「そうよ!柚子。無理なダイエットはいけないのよ。あなたはそのままで十分可愛いわよ」 ?。なぜそういう結論になるのか、不思議に思っていると美希がちらっと啓祐を見た。 「だって、柚子がご飯食べないから、すごく気にしてたのよ。そしたら、啓祐が・・・」 勢い良く啓祐の方を振り返ると、啓祐はさっきの倍以上ふてくされた表情で私を見ている。 再びぎこちない雰囲気に襲われそうなところを、誠が声を上げて振り払った。 「飲み物買ってくるよ。行こう美希」 「しょうがないだろ!失恋で食欲がないなんて説明できないだろうが」 「他に言い方があったでしょ!」 「これは俺の優しさだ。ありがたく受け取っておけよ」 なんだか二人はいつもの調子を取り戻した気がした。 「・・・あのさ」 「・・・あのっ」 二人同時に言葉を発して、顔を見合わせて二人同時に笑った。 「悪かったよ。あんなこと言って」 啓祐は、そっぽを向いて言った。私は何て言ったらいいのか判らなかった。言いたいことはたくさんあったのに、言い出せずにいる。 この素直じゃない・・・可愛くない性格が、こんな時も妨げになるなんてっ!まったく。 イライラしている雰囲気が伝わったのか、ふと、啓祐がこちらを振り返った。ぱちんと目があって、二人で慌てた。啓祐は戸惑った様子で、せわしなく髪をかきあげている。 「・・・元気、だせよな」 啓祐は、こちらをのぞき込んでいった。瞳には優しさと、心配そうな光とがそっと私を見つめていた。 そうだ・・・失恋したんだった、私。 痛い失恋を。 失恋と、啓祐の意外な告白とを思い出して、二人の間は急にしんみりしてしまった。 啓祐は、しばらく私を見つめていて、それからタイミングを計るかのように、「あのさぁ」とつぶやいた。 「気にしなくていいから」 啓祐は、私を楽にしてくれたのだと思った。 やっぱり、啓祐は優しい。 啓祐は、優しさと、皮肉と、意地悪で出来ているのだと、思った。 この間のことを、酷く気にしている啓祐を楽にしてあげたくて、私はぎこちない優しさを披露した。啓祐の言う「コンプレックスの塊」な私の優しさを。 こちらを心配そうにのぞき込む啓祐の、口元の大きな絆創膏を思い切り叩いた。 「痛い!なにすんだよ」 しんみりした雰囲気を吹き飛ばす、皮肉屋で意地悪な啓祐にぴったりの優しさを。 「へへん。参ったか」 私は元気だよ。私は大丈夫だよ。って気持ちを込めて。 これも、優しい気持ち。 ・・・だよね? ...fin |